「AIで作った」だけでは差がつかない——コンテンツ制作の活用深度という論点

「使っている」企業は増えたが、中身にばらつきがある
生成AIをコンテンツ制作のどこかの工程で使っている企業は、この一両年で大きく増えました。国内の複数の調査でも、業務のいずれかで生成AIを活用している企業の割合は3割から9割超まで幅がありますが、いずれも「まったく使っていない」企業の方が少数派になりつつある、という点では一致しています。
一方で、同じ「活用している」という回答の中身をよく見ると、実態には大きな差があるという指摘も広がってきました。ある業界調査では、コンテンツ制作で生成AIを使っている企業のうち、構成案作成や下書き作成といった特定の工程にとどまる企業と、正確性・専門性・独自性の確保、さらには一次情報の収集にまで生成AIを踏み込んで使う企業とに分かれる、という整理がされています。同じ「AI活用企業」という括りでも、実際にやっていることはまったく別物になっている、ということです。
「浅い活用」と「深い活用」の境目はどこにあるか
浅い活用と深い活用の違いは、AIを使う工程の数ではなく、AIに何を委ねているかという中身にあると考えられます。
構成案づくりや文章の要約・校正、アイデア出しの壁打ち相手としてAIを使う段階は、多くの企業がすでに到達している工程です。ここまでは業務効率化の範囲にとどまり、記事としての独自性や専門性を左右する部分は依然として人の手に残っています。
これに対して、深い活用とされる企業では、AIを使って集めた情報を鵜呑みにせず、自社が持つ実務データや事例、顧客の声といった一次情報と突き合わせる工程が組み込まれています。AIが出してくる情報はあくまで一般論の集約であり、そこに自社ならではの裏付けを重ねて初めて、他社には書けない記事になるという発想です。効率化の道具として使うか、独自性を作り込むための道具として使うかという、目的設定そのものの違いが、活用の深さを分けていると言えるでしょう。
なぜ「浅い活用」のままだと成果が頭打ちになりやすいのか
構成案や下書き作成までの活用にとどまる場合、生成AIが学習した一般的な情報の範囲内で記事が組み立てられがちです。その結果、似たテーマを検索すれば、どの会社の記事を読んでも似たような構成・似たような論点に行き着く、という状態が起こりやすくなります。読者にとっても検索エンジンにとっても「この記事でなければ得られない情報」が見当たらないため、埋もれてしまう可能性が高くなるという指摘です。
一方で、一次情報を組み込む深い活用に踏み込んだ記事は、自社にしかない事例やデータが土台にあるため、他社が同じテーマで書いても再現できません。効率化だけを目的にAIを使い続けると、記事の本数は増えても一本一本の存在価値が薄まっていく、という逆説的な状況に陥りやすいのが、浅い活用にとどまることのリスクだと考えられます。
内製化を進める上で問われる「AIとの役割分担」
コンテンツマーケティングの内製化を進める企業にとって、この論点は「AIにどこまで任せるか」という役割分担の設計に直結します。すべての工程を人手でやり切るのは体制上難しい一方、すべてをAI任せにすると独自性が失われるというジレンマがあります。
現実的な落としどころとして考えられるのは、情報収集や下書きといった時間のかかる工程はAIに委ね、そこに自社の実務経験や顧客とのやり取りから得た一次情報を人が組み込む、という分業です。AIが土台を素早く作り、人が独自性の核となる部分を足していく——という設計にすることで、量と質を両立させやすくなります。&.CONTENTが掲げる「INSIGHT・CREATION・MEASUREMENT」という3フェーズの発想も、まさにこの分業を迷わず実行できる形に落とし込むための設計図として位置づけられるものです。
まとめ
生成AIの活用が当たり前になった今、問われているのは「使っているかどうか」ではなく「どこまで踏み込んで使っているか」という活用の深さです。構成案・下書き作成にとどまる浅い活用から一歩進み、自社の一次情報を組み込む工程まで踏み込めるかどうかが、これからのコンテンツ制作における差になっていくと考えられます。まずは自社の制作フローの中で、AIに任せている工程と人が担っている工程を棚卸しし、一次情報を足せる余地がないかを見直してみることから始められるのではないでしょうか。
編集後記
「AIを使っているかどうか」で語られがちですが、実際には使い方の深さで結果が変わるという整理には納得感がありました。私たち自身の制作フローも、常にどこまで踏み込めているか振り返る材料にしたいと思います。